共生の社会の中のブランディング
多文化、多国籍の人々が共に生きる社会の中でのブランディングはどこまで多様性に配慮すればよいのか。先日、オリジナルの下着ブランドのネーミング、"KIMONO"で物議を醸していいたキム・カーダシアンが京都市や大勢のネットユーザーの抗議を受けて、ブランド名を変更する事を発表した。「着物」という名称を使ったネーミングには「文化の盗用」である、及び日本の文化の象徴である「着物」を下着ブランドのネーミングとして使用するのはいかがなものか、といったような反発が多数寄せられていたのだ。
しかし、過去にも日本の文化やサブカルチャーに影響を受け、それをネーミングに使用した海外のブランドもある。少なからず批判的な意見も寄せられたかと思うが、キム・カーダシアンのブランドに比べて(下着中心に展開しているブランドでないからか)炎上はしなかった。
こちらはグウェン・ステファニが2000年代に手がけたHarajuku Loversというブランド。衣類や化粧品を主に展開していた。ステファニが表現したい原宿のイメージと、実際の原宿の文化との乖離という点で当時批判もあった。(画像はアマゾンより)
イタリアのクリエーター、シモーネ・レグノが日本のサブカルチャーからインスピレーションを受けて立ち上げたtokidokiも、日本の言葉のローマ字表記がブランド名に使用されている。こちらについては批判的な意見はあまり聞いた事はないが、日本には進出していない事が興味深い。腕時計やおむつバッグ等のブランドとのコラボでたまに目にする事がある。(画像は公式サイトより)
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